例えば彼にその経験が一度でもあれば、まだ事態は深刻でなかったかもしれない。
もしくはその行為やらなんやらを情緒的に理解できればまた話は別だったのだが如何せん彼は人間ではなかった。
そのようなことを学ぶ環境ではあらず、またそのようなことを必要とする環境でもなかったので、
必然的にそういった内容は彼らの、魔人たちの世界から抜け落ちていった。
まあそんな訳で、彼は困っていた。顔にこそ出てはいないものの、そう、平素の顔をして内心は非常に焦っていた。
なにせ目の前では『こちら』に来てから初めてつくったドレ…いやいや、知り合いがひっそりと泣いているのだから。
一体なんだというのだ、何故こうなった、ええい畜生め。
魔人は内心で悪態を吐くがもう遅い。少女の涙がぽたりと床に落ちる。
畜生め。もう一度魔人は心中で吐き棄てた。我が輩、この種の謎は喰わぬというのに!!








純情スタディ








事の起こりは、こうだ。

彼、…ネウロは地上で動き回るにあたって、情報が必要だった。
目立たないで且つ悪意の潜む究極の謎を食すには、彼のもともと持っている知識では足りなかったからだ。
幸い、ネウロは物覚えが良かった。(鳥だけど)(いや、鳥かどうかも怪しい)
しかも数多の目を駆使したので、彼の知識吸収スピードは人間の比ではなかった。
だがしかし、ある人物にとってそれは幸いなことではなかった。彼は実践に移したがるタイプだったからだ。
その実践の白羽の矢は当然、少女ヤコに突き刺さる。
今のところネウロの本性を受け入れ、且つ、怯えていない者、それが彼女であったからだ。
実践の何が悪いのかって?いやいや、新しく学んだ知識を試すのは大いに結構だ。そこに少しの常識が備わっていれば。
少女ヤコは未だ彼の本質を掴みきれていなかった。それが敗因である。
ネウロは確かによそ行きの面をしている時は理知的に、温和な青年を装って語りかけるが、その仮面下に居るのはやはり魔人なのだ。
つまり彼の常識は少し、ほんの少しブッ飛んでいたわけで、誰もそれを止めることなどできやしなかった。
(突然だったしね)それに彼は以前に本で人間は年中発情期だというのを読んでしまっていた。全てにおいて手遅れだったのだ。
だから彼はそれは失礼に値しないことであると思っていた。こんなことは人間の間によくある些事なのだと。


まあ、つまり、砕けて言ってしまえば、
魔人ネウロはその場の空気もなんにも考えないで少女ヤコにキスを試しちゃったってことなのだよ!






あほうだと思うだろう、諸君。だが彼を責めるなかれ、魔人は至って真剣なのだ。
そうだとも、彼は最初から最後まで至極真面目であった!
何故人間はあれほどくっつきたがるのかとか肌を合わせたがるのかとか彼には理解不能であったし不必要だと思っていたが
なにせ彼は人間に化けなければいけなかった為にそのような事さえも知っておく必要がある。と思った。
そしてネウロは全ての行程を無視してしまった。と、いうか、行程が必要なことさえ知らなかった。
そうとも、ただ、社会勉強がちと足りなかっただけである。




そして話は戻る。涙を拭う摩擦で目の赤い少女と微動だにしない魔人の話に。
外の喧騒も全く耳に入らず、ヤコの鼻をすする音だけが脳に響き、ネウロはますますどうしていいか分からなくなった。
泣いている少女のあやし方などどの本にも載っていなかったし、勿論魔界にはあやすなどという行為自体無い。
ますます、ますます困ってしまってついにネウロは壁際の少女に助けを求めた。
視線でなんとかしろと信号を送るが、アカネちゃんは耳(隠れているが)を貸さなかった。
髪だけでしかも動いているのでお忘れかもしれないが彼女だって生前は普通の女の子でそれなりの恋だってしていたのだ。
当然、乙女の純情を踏みにじってゴミ箱に棄ててしまうような行為に走ってしまったネウロの肩を持つはずは無い。
そうしてしばらく困ってろ、とでもいいたげに、おさげは壁紙の奥へと引っ込んでしまった。
(ネウロはこの時、貴様の謎を喰ってやらんぞ!と思ったが空腹で苦しむのは彼だ)
もう目のやり場が無くて、彼は仕方なくまた目の前の少女を見た。
ただでさえ小さい背中が更に小さく丸められて、しかも俯いているものだから長身のネウロからはその顔は窺い知れない。
だがまだ泣いているのは確かだ。ネウロはそう思った。その背中がひきつけを起こしていたから。
何かを言えばいいのだろうが、こういう時に使う言葉が思い浮かばない。
いつものように嘲り笑うことも出来ず、猫を被った青年のように優しい声も出せない。
ネウロはもう究極に困惑していた。(顔はやはりいつもの無表情であったが)
こんなにも不味そうでカロリーも低そうな謎なのに、難易度ばかりが高いとはどういうことだ!



「ネウロ」



突然、下から声がした。当然その場に居るのはヤコしかいないのでこれはヤコの声だ。
「ネウロ、あんた、これがどういう行為かちゃんと分かってる?」
俯いたまま少し掠れた、しかし、落ち着き払った声でヤコは魔人に問うた。
もちろん、この言葉に魔人は憤慨した。その怒りで彼はやっと何事かを喋る事ができたのだが
魔人である我が輩が人間如きの行動が理解できていないとでも?
「我が輩を誰だと思っている、このウジムシめ。我が輩に分からぬ事など何一つ無い。」
下からはすぐに答えが返ってきた。ちがう、と。今度は少し首を振って、強く、もう一度言った。
「ちがう。ネウロは、分かってないよ。重みも質量もなにもかも、ネウロは勘違いしてるんだ!」
「ほう、奴隷人形の分際で偉そうな口を。貴様こそ我が輩の恐ろしさが理解できていないようだな。」
乱暴に右手でヤコの顎を掴み、ぐいと上に向けさせたところでネウロは後悔した。



その目からはまだ涙が零れていて、悔しそうに歪められていたから。



「ネウロ、どうして分からないの。どうしてそんなに残虐なの。あれはね、あのキスはね、
ネウロにとってただの好奇心なのかもしれないけれど、された側の気持ちの重さと、その差だけ、更に痛みを増していくんだよ。」







そう言って、少女はまた一筋涙を流した。それで彼女の涙はおしまいだった。

魔人はとうとう途方に暮れてしまって、その凶悪な右手を離した。
言ってる意味も涙を流す理由もかける言葉もなにもかもが彼には理解不能な人間の不安定要素部分であったが
ネウロはこれだけはいっておかねばならないのだろうと思った。
それはマナーを守る魔人であったからだし、その他にも理由があったのかもしれないが彼はあえてそれを放置しておいた。
「すまん」
真っ直ぐ目を見てたった一言。ヤコは赤くなった目を細めて少し微笑った。





きっとネウロには好きだとか愛しているだとか今流行の愛憎劇などは一生理解できないだろう。
それは彼が人間ではない故であるかもしれないし、それに興味を示さないゆえかもしれない。
それでいい、とヤコは思う。それでいいんだ。
その方がよっぽど魔人らしい。
そしてその魔人らしい魔人を、私は愛したのだから。





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やってしまったネウヤコ…!というかネウ←ヤコ!!
ヤコたんを泣かせたかった。そして魔人をオロオロさせたかった。
ネウロを簡単にオロオロさせたり怒らせたり困らせたりできるのはヤコたんだけなんだよ
そんでネウロは人間の愛してるとかいう抽象的な部分が理解できないといい
じわじわヤコたんが好きなのを分かってゆくという…わぁ羞恥プレイ?(かえれー!)

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